「木原龍一の元ペアって、誰なんだろう?」
ミラノ五輪でフリーの世界最高得点158.13点をたたき出し、金メダルを獲得した”りくりゅう”の活躍を見て、そう気になった人は多いんじゃないでしょうか。
実は木原龍一は三浦璃来と組む前に、2人の元パートナーと氷上をともにしてきました。
たかはしなるみ すざきみう
高橋成美、そして須崎海羽。
この2人のパートナーとの歩みを知らずして、「木原龍一がなぜ世界一になれたのか」は語れないと思っています。
なぜなら、元ペアとの別れはどれも単なる”組み替え”ではなく、木原にとって本当の意味での人生の岐路だったからです。
この記事では、3組のペアを時系列で振り返りながら、競合記事がほとんど触れない「元パートナーたちの本音」と「ペア解消の人間ドラマ」に迫ります。
元ペア①高橋成美との時代|「日本ペア16年ぶりの五輪」という奇跡

転向したくなかった青年が、なぜペアへ?
木原龍一がペアに転向したのは2013年1月のこと。当時22歳。男子シングルとして国際舞台も経験した彼が、なぜ突然ペアへ?…というと、そこには日本スケート連盟の強い意向がありました。
2011年、ソチ五輪から団体戦が採用されることが決定。ところが日本には、当時「日本人同士のペア」がほぼ皆無の状態だったんです。
高橋成美はカナダ人のマーヴィン・トランと組んで世界選手権銅メダルを獲得していたものの、団体戦には「両者が日本国籍」という条件がある。
そこで連盟がトライアウトを実施し、白羽の矢が立ったのが身長175センチの木原でした。
転向する気などなかった彼がトライアウトに出向いたのは「呼ばれたから」という半ば受動的な理由。でも、そこでの出会いが運命を変えます。
高橋成美は後に、「2011年のトライアウトで木原選手とホールドをした時に、手の感触がマーヴィン・トランと似ていると感じた」と語っています。
ジュニア時代から同じ大会に出ることもあり、「ちょっとふざけてペアの真似事をしたこともあった」ほど仲が良かった2人——気づいたら組んでいた、という表現が近いかもしれません。
16年ぶりの「日本人ペア」として五輪へ
2013年11月のNHK杯での初お披露目。会場の国立代々木競技場では大きな拍手が沸き起こりました。
日本人同士のペアが国際大会に出場したのは実に16年ぶり(2003年アジア大会以来)という事実に、観客もどこか感動していたんですよね。
結果は最下位。でも、それでも拍手が止まなかった。
2014年のソチ五輪では、団体戦に出場して日本の入賞に貢献。
個人種目はSP18位でフリー進出はならなかったものの、「日本人ペアが五輪に立った」という事実そのものが歴史でした。
2015年、突然のペア解消|その本当の理由
2015年3月の世界選手権でSP19位。シーズンを終えた直後、連盟から解消の発表がありました。
公式声明はあっさりしたもので、具体的な理由は示されませんでした。
木原は「高橋選手はいろいろと教えてくれて感謝の気持ちでいっぱい」とコメントし、高橋は「一日も早く国際大会で戦っていけるよう練習に励みたい」と前向きな言葉を残しました。
表面上は穏やか。でも当時、ファンの間では「なぜ?」という声が広まったのも事実です。
背景として語られるのは、主に2つの要因です。
ひとつは「最初から目的がソチ五輪出場だった」という構造的な問題。
あくまで団体戦のために急造されたペアだったため、ソチが終わった時点でいったんリセットが入ったとも見られています。
もうひとつは「技術的なギャップ」。木原はペア転向から2年の新参者であり、世界選手権銅メダルを知る高橋成美との経験差は明らかでした。
次の平昌五輪まで3年という時間軸を考えた時に、双方が「新たな可能性」へ踏み出すことを選んだというのが大方の見方です。
ミラノ五輪の夜|元パートナーが解説席で号泣
この話の続きが、11年後に待っているとは誰が想像したでしょうか。
2026年2月16日のミラノ。りくりゅうがフリーで世界最高得点をたたき出し、金メダルを決めた瞬間——テレビ解説を務めていた高橋成美さんは「宇宙一ですよ!」と叫び、涙をこらえきれなくなりました。
後日のインタビューで彼女はこう話しています。
「木原龍一でなかったら、ソチ五輪のこの映像って世の中に存在しないもので、ソチ五輪は木原龍一が私にくれた、それだけで十分な宝物」
さらに元フィギュアスケーターの安藤美姫から「日本のペアが発展したのは高橋さんのおかげ」と言われると、今度は大号泣。
「こんなことを言ってもらえた、こんなうれしいことはありません」
10年以上越しに結ばれた感謝の気持ちを見て、正直、私も目頭が熱くなりました。ペア解消を「失敗」と見るか「礎」と見るか…この一幕が、答えを出してくれた気がします。

元ペア②須崎海羽との時代|平昌五輪と、引退寸前の崖っぷち

「今度こそ長期的に」という覚悟で組んだ2人
高橋成美とのペア解消から約3ヶ月後の2015年6月、木原龍一は須崎海羽との新ペアを発表しました。
須崎海羽(1999年12月生まれ)は当時15歳。木原より7歳年下の女子シングル出身の選手でした。
年齢差があるぶん、最初の全日本選手権では3位と健闘。翌シーズンも着実に実績を積み上げていきます。
2016-17シーズンには全日本で2位、四大陸選手権に出場(13位)。そして2017-18シーズンに全日本で初優勝——ついに「チームとしての顔」が出来上がってきた頃でした。
平昌五輪の「ユーリ!!! on ICE」演技と、忘れられない光景
2018年の平昌五輪。SPで彼らが選んだのは、アニメ「ユーリ!!! on ICE」のサウンドトラック。
日本だけでなく、海外のアニメファンも巻き込んで話題になりました。
結果はSP21位でフリー進出ならず、数字だけ見れば悔しい結果です。でも、あの演技が持っていた空気は独特でした。
愛知出身2人組が、フィギュアスケートとアニメ文化を交差させてリンクに立った瞬間として、競技史に刻まれている気がします。
脳震盪、肩の痛み、そして別れ——ボロボロだった木原龍一
平昌五輪後の2017-18シーズン終盤、木原龍一は練習中の転倒で脳震盪を発症。四大陸選手権と世界選手権をともに棄権するという苦渋の決断を余儀なくされました。
翌2019年4月、須崎とのペア解消が発表されます。コメントの中で木原は「肩の治療に専念したい」という意向を示していました。
ただ…実はこの時期、木原は引退をかなり本気で考えていたといいます。
2019年6月。彼は名古屋の古巣・邦和スポーツランドでアルバイトをしていました。
脳震盪の後遺症、限界に達していた肩の痛み、2度目のペア解消。フィギュアスケーターとしての未来が、まったく見えない状況だったんですね。
2人の元ペアが、「りくりゅう」誕生の礎を作った

引退寸前の木原を救った”三度目の縁”
2019年夏。ナショナルトレーニングセンターの拠点だった中京大学から声がかかります。そこで木原は17歳の三浦璃来と出会う。
「雷が落ちた」木原龍一は後に、この出会いをそう表現しています。
世間的には「雷=恋愛感情」と読みがちですが、実際には「パートナーとしての可能性にピンと来た」という直感的な感覚に近かったようです。
三浦璃来の側は、木原への第一印象を「しゃべりにくいな」と感じていたというのも、なんともリアルですよね(笑)。
3組のペアが積み上げたもの——比較で見えてくる成長
木原龍一の歴代ペアを整理すると、以下のような軌跡になります。
| パートナー | 期 間 | 主な実績 | この時期の意義 |
|---|---|---|---|
| 高橋成美 | 2013〜2015年 | ソチ五輪団体出場 (日本入賞)、個人SP18位 | ペアの基礎を高橋から学ぶ 日本人ペアの”ゼロからの出発” |
| 須崎海羽 | 2015〜2019年 | 全日本2連覇、平昌五輪出場 (SP21位) | 長期ペアとしての安定期 身体的限界と向き合う経験 |
| 三浦璃来 | 2019年〜 | 世界選手権優勝、北京五輪銅、 ミラノ五輪 <金> | 日本ペア史上最高到達点 |
「単なる組み替え」なら、こうはならなかったはずです。
高橋との時代でペアの”型”を体に入れ、須崎との時代で試合経験と挫折の両方を積み、そして三浦との出会いで爆発した——というのが、この軌跡から読み取れる木原龍一の成長の構造です。
元ペアたちは今もペアを愛している
ちなみに須崎海羽は2019年のペア解消後、現役引退。中京大学で心理学を専攻し、2022年に卒業しました。
ペア競技者としての道は閉じましたが、競技の世界で積み上げた経験は別の形に昇華されているはずです。
一方の高橋成美は、現在タレントとして活躍しながらフィギュアスケートの解説者として活躍中。ミラノ五輪での号泣解説は多くの視聴者の心を動かしました。
「当初は少し悔しい気持ちもあった」と正直に告白しながら、「木原龍一も成長したし、りくりゅうはすばらしい。
私も私なりの道を進んでいる」と語る高橋成美の姿には、競技者として生きた人間だけが持てる清々しさがありました。
木原龍一の「元ペア」を知ると、金メダルの意味が変わる
フィギュアスケートのペア競技において、パートナーチェンジは珍しいことではありません。
でも木原龍一の場合、3つの別れにはそれぞれ「時代の要請」「身体的限界」「そして新しい命の灯」という異なるドラマがありました。
ミラノの金メダルのニュースを見た時、多くの人が感動したのは、単に「強かった」からじゃないんじゃないかと思っています。
高橋成美が「宇宙一」と叫んで泣いていたのは、その人生の連続性を見ていたからじゃないか、と。
木原龍一の歴代ペアを知ることは、「りくりゅう」という黄金ペアがどこから来たのかを知ることです。
そしてそれは、スポーツの本当の面白さ——数字の裏にある人間の物語——に触れることでもあるんじゃないでしょうか。
よくある質問
- 木原龍一の元ペアは何人いますか?
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2人います。1人目が高橋成美(2013〜2015年)、2人目が須崎海羽(2015〜2019年)です。
現在は三浦璃来とのペア(りくりゅう)で活動しています。
- 高橋成美と木原龍一のペア解消理由は?
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公式には詳細な理由は発表されていません。
ソチ五輪出場という当初の目的を果たした後、次の平昌五輪に向けて双方が新たなパートナーを模索したというのが大方の見方です。
- 須崎海羽と木原龍一のペア解消理由は?
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木原の脳震盪・肩の怪我による身体的な限界が主な要因と見られています。
2019年4月にペア解消を発表し、木原は引退を考えるほど追い詰められていた時期でもありました。
- 高橋成美は今も木原龍一と交流がありますか?
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公の場での深い交流は明かされていませんが、ミラノ五輪ではテレビ解説を担当し、金メダルの瞬間に涙を流しながら「りくりゅう、ありがとう」と感謝を伝えていました。
- 須崎海羽は現在何をしていますか?
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ペア解消後、中京大学で心理学を専攻し、2022年に卒業しました。現在は競技から離れています。
免責事項
本記事は、公開されている報道・インタビュー・Wikipedia等の情報をもとに、執筆時点(2026年4月)の情報を整理・編集したものです。
本記事に記載の情報は、予告なく変更・削除される場合があります。最新の情報は公式発表や各競技連盟の公式サイトをご確認ください。
ペア解消の理由・背景については、当事者から公式に説明されていない部分を含みます。
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